椿姫 Sempre libera 「花から花へ」の感想
姫の第一幕、高級娼婦であるヴィオレッタ(椿姫)の邸宅でのパーティーに訪れていた宴の参加者が帰ってぽつんと残された椿姫が歌う複数のアリアの一つ。
歌の歌詞は、
いつも自由になって 私は喜びから喜びへと派手に騒ぐの
私は 自分の人生を 喜びの道に向かって過ごしたいの
一日が生まれ、一日が死んでいくように
宴の中で いつも陽気に、
いつも新たな喜びで
私の思いは飛んで行かなければならないの
(https://tsvocalschool.com/classic/e-strano/より引用)
この歌詞を一見すると、毎晩遊んで暮らせればそれでよく、それ以外のものを望んでいないように受け取れます。
この歌は、沢山のシャンパンがはじけるような弦楽器のスタッカートにのって始まります。歌手も、はじめは軽やかに歌い始めます。しかし、その後、何度も何度もまるで届かないものを追うように高い音とそこからの下降音型の形が繰り返されます.
心の底で渇望している愛を何度も何度も呼び求めているように。「誰か、愛してほしい」と叫んぶように.そして、アリアの後半、アルフレードの声が聴こえてきますが、それを振り払うように歌い続けます。これらは、ヴィオレッタが必ずしも歌詞どおりの気持ちを歌ってはいないことを示唆します。
パーティーに来てちやほやしてくれる人は、椿姫の「若さ」や「美しさ」にちやほやしているのであって、それらを失ってしまえばあっという間に離れてしまう。
この歌は、本当に愛され、大切にされて生きることができずに生きてきたということに対して去来する寂しさや孤独をかりそめの「快楽」でおおいかくすように歌っているのではないかと考えられます。加えて、これまで本当に愛されてこなかった故に、愛し愛されることに対して期待することへの恐怖も表現されているのかもしれません。
以下では,二人の歌手の歌い方を紹介します.
イレアナ・コルドバスのSempre liberaは、上品で優しく微笑むように、歌の最中、低い音を歌う際には、投げやりな雰囲気を醸しだしており、歌の中で優しく美しい椿姫の表向きの姿と孤独に悩み苦しむもう一つの姿が織り交ぜられているようでした。
以下のアルバムの(歌手がわかりませんでした…)Sempre liberaは、孤独の中で強く立っている女性。艶やかで凛とした印象。生きる自分の生き方に自信を持ち、不安や孤独感を飲み込んで存在する強さを持っていると感じました.